しんしんと…




 目が醒めれば、他人のぬくもりと、心臓の鼓動…穏やかな寝息。
 それ以外は、せいぜい時計の針の進む音がほんの微か。外からは何の音もしない。

 おかしい…と不意に思う。
 いくら住宅街とはいえ、どんな深夜でも、車のエンジン音やら、夜遊び帰りの学生の人迷惑にもわめく声やらが、微かにでも聞こえてくるものである。それが何も感じられない。

 なにやら自分の部屋だけ、何かに取り残された気がして、なんとも心細い気分になり、床に散らばった服を適当に引っ掛けると、寒さに体を震わせながら、そっと窓から外を覗く。

 物寂しい心持ちになった自分を笑いたくなった。
 外はただしんしんと、雪が降っていただけである。
 柔らかな雪が、すべての音を包み込んでしまうので、なんの雑音もない、純粋な静寂を作りあげていた。
 明日の朝は交通機関とか大変だろうとか、そんな現実も忘れ、しばし雪が街を白く染めてゆく様に見とれる。

 「寒いから入っとけ」
 男の声に、急に現実に引き戻された。
 「遠藤さん、雪…」
 「どうしてガキは雪見るとはしゃぐんだろうな。俺はオジサンなんで、わからんよ…とりあえず布団に戻れ、俺が寒い」
 せっかくだから、一緒に見よう…とか、言えるような間柄ではない。
 自分たちの関係は、一体なんなんだろうな?と、考えるとますます薄ら寒くなるようなことが、ふと頭をよぎるが、実際寒くてたまらなくなってきたので、おとなしく布団にもぐりこむ。
 すると遠藤は、カイジがせっかく来た服を脱がせにかかった。
 「やだ、またするのか?」
 「バカ、そこまでがっついちゃいねぇよ。ただせっかく二人いるんだから、じかにあっためあった方がいいんだよ」
 「…遭難者じゃないんだから」
 「ロクな暖房もねぇくせに、ぐだぐだゆうな」
 それについては言いたいことも山ほどあったが、抱きしめられるとあったかいので、もうおとなしく寝てしまうことにする。
 いつも気づけば煮え湯を呑まされてしまうのに、この男の腕の中はどうして安心できてしまうのか…そんな風に一瞬思ってしまった自分を、女の子じゃないんだからなどと恥じ、またそれを寒さによる一時的な人恋しさと、片付けてしまおうとするが、先ほど感じた猛烈な寂寥感を思うと、遠藤がいてくれてよかったと、なにやら感謝の気持ちも湧いてくる。
 「遠藤…」
 「…ん?」
 「……なんでもない」
 ありがとうというのも、なにやら気恥ずかしい気がして、カイジはそれ以上、言うのをやめた。
 「絶対積もってるな。朝になったら車の周りの雪かき手伝わせるから、もう寝ちまえ」
 「うん…」
 いろいろあっても、この腕の中は心地よく…久方ぶりにカイジは深い眠りについた。



 結局二人が起き出してきたのは昼も過ぎてからである。
 メシでも食いにと、路駐してあった遠藤のBMWの所へ行けば…
 「なんじゃ、こりゃ」
 遠藤はすっとんきょうな声をあげた。
 高級車は無数の小さな雪だるまでデコレーション…無邪気に見える仕業ゆえ、ある意味、車体に傷をつけられるよりタチが悪い。
 「……お前…じゃないよな?」
 「ずっと一緒にいたのに、そりゃないって。むしろアレだと思うけど」
 アレとカイジが指差した先には、おそらく近所の子供が3人ほど、電柱の影でことの成り行きをひそひそ見守ってる。
 遠藤はため息をついた。
 「どうしてガキは雪が降るとはしゃぐんだかね」
 子供たちに説教かましに行く後姿を見ながら、カイジはくすくす笑った。